中国電気自動車メーカーBYD(比亜迪汽車)が日本メーカーを超える時

日本の自動車産業は大丈夫だろうか。そう考えさせられる事件があった。

私の滞在しているコロンビア・メデジン市が中国の電気自動車メーカーBYDのバスを64台導入したのだ。地元メディアは興奮した感じでBYDバス導入について連日報道している。

出典:Noticias Caracol

なぜそんなに好感度高く受け止められているのか。それはBYDバスは排ガスを排出しないからだ。コロンビア含む中南米の都市に共通するのが大気汚染が深刻さだ。その排ガスの多くはディーゼルエンジン駆動のバスから排出されているのだ。

僕の鼻毛が伸びるスピードが日本にいる時よりも5倍速になったがそれが大気汚染の深刻さを示している。

なんとBYDはこれまでに世界50か国に5万台ものバスを納車してきているという。実は日本でも京都、沖縄、岩手、福島においてBYDの電気バスが導入・運行されている。

さらにBYDはバスだけでなく普通車サイズの電気自動車を多数リリースしテスラ以上の販売数を記録した世界一の電気自動車メーカーだったのだ。

2017年の電気自動車販売数の実績は以下だ。

1位BYD  10万9485台
2位BAIC 10万3199台
3位テスラ  10万3122台

BYDはテスラを押さえて一位に君臨している。
実はこのBYD、2003年から自動車業界に参入したまだ歴史の浅い新興メーカー(※電池メーカーとして1995年に設立されている)だ。

読者にはBYDなんて聞いたこともない人が多いかもしれない。BYDは中国版テスラと呼ばれている中国のイケイケメーカーだ。中国・上海在住の友人からはBYDの電気自動車を頻繁に見かけると聞いた。タクシーを配車する際、日本車のタクシーは乗り心地が悪いのでBYDのタクシーにあたることを願っているそうだ。

さらになんとあの知る人ぞ知る投資家ウォーレン・バフェットが2008年9月、中国企業BYDの株式10%を習得する代わりに2億3000万ドル(約250億円)を投資していたのだ。 バフェット氏、先見の明ありすぎだ。
さらに最近ではトヨタと電気自動車並びに電気自動車用電池を共同開発する契約も締結している。

しかし一体このBYDはどこの誰が設立した会社なのか気になったので調べてみた。BYDの起業の経緯を調べれば調べるほど中国の起業家層の厚さにビビらせることとなった。

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BYD(比亜迪汽車) 創業ストーリー ⅼ たたき上げ創業者 王伝福  

出典:motorpasion

BYDの創業者はWang Chuanfu(王伝福)。 1966年中国・安徽省生まれ。まだ53歳の若さのBYD現会長だ。

王伝福の子ども時代はかなり苦労した様だ。13歳の時父親が亡くなり15歳の時に母親が亡くなっている。 王伝福の兄は大学進学を諦め自らは働きに出て王伝福の高校や大学での勉学をサポートしたという。

王伝福は中南鉱冶学院に入学し電池の研究に従事。 1987年にさらに研究にまい進するため北京非鉄金属研究院に進学した。

修士を収めた後は北京のある国有研究機関で研究員として勤務。その際に電池開発生産子会社の社長に任命された。そして1995年、王伝福は携帯用電池分野に膨大なビジネスチャンスがあることに気づき携帯用電池を生産販売するBYD(比亜迪汽車)を設立した。

当時は日本企業の携帯用電池が圧倒的な競争力を誇っていた。しかし1997年のアジア通貨危機に際して携帯用電池の価格が暴落。日本企業が経営に苦しむ一方BYDは着実に世界中の大手企業から携帯用電池の受注を増やし続けた。わずか3年で世界の携帯用電池市場の約40%のシェアを占めるメーカーへと成長を遂げた。

さらにリチウムイオン電池にもいち早く投資して開発を進めてモトローラやエリクソン、ノキアへのバッテリーサプライヤー となり2008年には中国一のリチウムオン電池メーカーとなった。

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BYD自動車産業に乗り出す。パクリ戦略で大人気

2003年1月にBYDはさらなる成長を遂げるために西安の国営自動車工場「秦川自動車」を買収し、自動車製造に乗り出した。

当初、BYDの自動車製造は困難を極めた。トヨタは長年の”カイゼン”に次ぐ”カイゼン”によって現在の効率的な工場運営を実現した。自動車製造は一朝一夕でできるものではない。

BYDには自動車製造のための人材と経験があまりにも不足していた。そこでBYDは自主開発は行わずボディデザインは他社のものをそのままそっくりコピーしありあわせの部品で自動車を組み立てた。たとえば以下のBYDの大型ミニバンM6だがトヨタのエスティマにそっくりだ。

パクリだろうが中国の自動車販売はうなぎ上りに爆発していた市場だ。安価でそこそこの性能の車であれば売れに売れた。しかしBYDはパクリメーカーをずっと続けていたわけではない。

王伝福が賢明だったのはガソリンやディーゼルなどの内燃機関車の生産・販売では長期的にみると欧米、日本メーカーには勝てないと判断していた点だ。当時中国の市場はまだ成熟しておらずBYDの車はパクリだろうが価格が安く売れていたわけだ。ただ長期的にみるとBMW、フォルクスワーゲン、トヨタなどに負けるのが見えていた。他社大手自動車メーカーの内燃機関車の製造の圧倒的蓄積・ノウハウには到底太刀打ちできない。

BYDは独自の強みを構築し発揮する必要があると考えていたのだ。BYDは電池に強みがあり電気自動車と親和性が高い。そこで2006年に電気自動車研究所を設立し、そちらで電気自動車の研究を続けていた。短期的にはぱくり自動車で稼ぎつつも長期的に電気自動車で巻き返しを図ろうというわけだ。

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もうパクリメーカーとは呼ばせない。洗練されたデザインのBYD

2010年、BYDはメルセデスベンツと提携。電気自動車ブランド・騰勢汽車(DENZA)を設立した。以下 騰勢汽車の騰勢500。

出典:read01

2016年にはアウディの元チーフ・カーデザイナーであるヴォルフガング・エッガー氏を引き抜いて
オリジナルデザインを追求している。 ヴォルフガング・エッガー氏がデザインしたコンセプトカー「ダイナスティ(王朝)」。

出典:carscoops

BYDは2019年7月に広東省深圳市の本社にデザインセンターを設立。BYDはアウディ、フェラーリ、ダイムラーなどの大手自動車メーカーから有名デザイナーをヘッドハンティングしイタリア、スペイン、ドイツなど10カ国以上のデザイナー約200人が在籍するデザインチームを有している。

BYDはもはや2003年に自動車産業に参入した時のパクリメーカーではない。美しいオリジナルデザインの車体の電気自動車をリリースできる最強の電気自動車メーカーへと変貌を遂げているのだ。

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